子育ての名言・心にとめたい教育論のおススメ

  1. プロフェッショナル仕事の流儀〜相手の方の力を信じてあきらめない。(06/24)
  2. 子どもの能力の育て方〜スピリチュアル子育て 江原 啓之(05/21)
  3. 1280年もの昔〜子等を思う歌 山上憶良(03/27)
  4. 犯罪に向かわせないために親にできること〜恩師の言葉(03/06)
  5. 小林正観さんの「宇宙を解説・百言葉」より〜子どもは生き方を見ている(02/27)
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プロフェッショナル仕事の流儀〜相手の方の力を信じてあきらめない。

2008.06.24(23:16)
今週は仕事を8分目にして、家で8月の同窓会の準備。
大学時代のサークル、20年ぶりに会うメンバーも。
子ども会のサークルで、父と母の出会いの場だ。

早めに家に帰ったので、久し振りにNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」を見ながらの作業。
ガン看護専門看護師 田村恵子さん
死を前に「心残さず、生ききる」人を支え、送り、涙し、また笑顔で病棟に向かう。

信念は「希望は必ずみつかる」
ベッドの脇にひざまずき、患者さんの不安を受け止め続ける。
弱音を吐いている間は決して励まさない。
その人自信の中から、光が生まれ、希望を自ら口に出し始める瞬間を待ち続ける。

プロフェッショナルとは
「これまでの経験に基づいてきている直感を信じて揺るがないこと。そして、相手の方の力をそれ以上に信じてあきらめない、そういう人だというふうに思います。」

仕事、子育ての真髄。

子どもの能力の育て方〜スピリチュアル子育て 江原 啓之

2008.05.21(00:08)
子どもたちが公園で鉄棒をしている間に、久しぶりに読み返した。
とても大切で本質的なことが書かれている。」

「早期教育はオールマイティではなく、ある限られた能力を異常に際立たせます。子どもが仮に百個の能力を持っているとしましょう。すると、この早期教育で高めることができるのは、そのうちのほんの一つだけ。しかも、その一つを高める作業のなかで、残りの九十九個の能力に蓋をしてしまうことにもなりかねないのです。」

「能力そのものを育てることも大切ですが、同時にプライドも育ててあげてほしいのです。この場合のプライドとは傲慢さではなく、いい意味でのプライド。人間としての誇りです。どんなに能力があっても、それを使おうという意志やプライドがなければ、その能力はないのと同じです。逆に、ほんの少しの能力しかなくても、それを生かそうという意志やプライドが強ければ強いほど、能力はぐんぐんと伸びていくのです。」

1280年もの昔〜子等を思う歌 山上憶良

2008.03.27(00:41)
釈迦如来、金口に正に説きたまはく、等しく衆生を思うこと、羅ご羅の如しとのたまへり。
又説きたまはく、愛は子に過ぎたりということ無しとのたまへり。至極の大聖すら、尚し子を愛しぶる心あり。況むや世間の蒼生、誰かは子を愛しびざらめや。

瓜食めば、子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ 何処より 来りしものぞ 眼交に もとなかかりて 安眠し寝さぬ

反歌
銀も金も玉も 何せむに優れる宝 子に及かめやも

お釈迦さまが尊い口で正しくお説きになったことは
「平等に衆生を思うことは、わが子羅ご羅を思うのと同じだ」と。
またお説きになったことには、「愛は子に優るものはない」と。
こんな無上の大聖人でさえ、ましてこの世間一般の人々で、誰が子を愛さずにおられようか。

瓜を食べると子どものことが思われる。栗を食べると、いっそう子どもが偲ばれる。いったい子どもはどこからきたのか。こうしていても、目の前をしきりにちらついて、安眠をさせてくれないのだ。

反歌
銀も金も玉も、どうして優れた宝であろうか。子に及ぶ宝があろうか。

初めて山上 憶良の歌を読んだ子どもの頃
そんな昔も家族や子どもを大事にする気持ちに変わりはなかったのか、
仏陀に実子がいて、やはりその子を大切に思っていたなんて、
と驚いたものだった。

絶えることのない虐待のニュースに、ふと思い出す。

犯罪に向かわせないために親にできること〜恩師の言葉

2008.03.06(00:48)
小学校6年生のときの恩師が定年を迎えられ、同窓会を開いたときのこと。
先生がしみじみとおっしゃっていた。
「最初から、とんでもない犯罪を犯す子どもはいない。最初は100円を盗むとか、お菓子を万引きするとかそんなこと。その時に、親がどういう態度を見せるかがとても大切だよ。」

子どもに代わって、とんでもない罪を犯して申し訳ないと、全身全霊で心から被害を受けた方にお詫びする。金額の多寡ではなく、同じ罪として、それがどれほど悪いことか。やってはいけないことか。必死にお詫びをする

その姿をみて、子どもが自分の犯してしまった罪の深さに気付く。親が姿勢によって伝えられたなら、その子はそれ以上の罪を犯すことはない。

子どもが万引きをしたと指摘されると、最近は「お金を払えばいいんでしょ。いくら。」と切り返す親がいると聞く。もし、そのような対応をみせるとすれば、子どもの中に発症し癌のように成長する「悪」、そして罪を犯すことへの麻痺を避けることはできない。

子どもが最初に小さな罪を犯した時、その時は親が試されるときでもある。

小林正観さんの「宇宙を解説・百言葉」より〜子どもは生き方を見ている

2008.02.27(01:21)
子どもは親から言葉で指導されても聞きません。子どもは親の生き方を見て育つものだからです。学ぶとは、まねぶ・まねるという意味。親が前に向かって明るく楽しそうに生きていると、その姿を見て子どもは付いていきたくなります。

 親がいくらたくさんのことを知識として持っていて「いい話」をしていても、日常生活ですぐに腹を立てたり、悪口を言ったり、怒鳴ったり、表裏のある態度をとったりすると、子どもは自然とそのことを学んでいきます。

 子どもというのは、感情がコントロールできない大人を尊敬しません。自分が腹を立ててしまうようなことに対しても親が腹を立てないのを見て尊敬するのです。

 子どもに好かれるようになるには、感情をコントロールする訓練をすること。同じことをしても昨日は怒られなかったのに今日は怒られるとなると、子どもは混乱します。良くないことは笑顔で何回でも注意する。良いことをしたら、自分が疲れていたり機嫌が悪かったりしても笑顔で褒めてあげる。そのようなことを日々実践していくこと。

 子どもは言葉によっては教育されない。親の生き方そのものを見ています。

ルドルフ・シュタイナーも同じことを「自明の権威」でなくてはならないと繰り返し説いています。教師の態度としては、個人的な感情を生徒の前で見せてはいけない。たとえ子どもがいたずらをして、頭の上に黒板消しが落ちてきても、急な雨に降られた天災であうるかのごとくに振る舞うのだと。

 激しい口調で叱ることは大事、しかしそれは演技でなくてはならない。個人的な感情が入ってはいけない。決してむき出しの感情を子どもにぶつけてはいけない。そういう意味で超人でなければならない。

 ある先生が、そのためのお手本はプロレスラーだとおっしゃった。
レスラー同士のどなり合いに学べと。怒るときは長州力のモノマネのつもりで怒るのだと。

 言っても聞かない、それで、大人がキレてしまう。すると、子どもはそんな大人を軽んじる。ますます言っても聞かなくなる。そんなマイナスのサイクルに入らないように、最初が我慢のしどころ。

笑って注意する何度でも何度でも。
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